窓辺のレモンティ

社会人となり数年。今この瞬間、自分を生きるために。

昭和的仕事観が希薄化しているだけである。

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 最近「ビックリするような新人が入ってくるようになった」と言う先輩社員が多い。ここで言うビックリとは、もちろん良い意味ではない。ある時期を境に、入社してくる若者の意識や態度が明らかに変わってしまったと感じる人は多いようだ。

 

 少し極端かもしれないが、例えば、残業はしたくないと宣言したり、休ませてもらえないなら辞めますと言ったり、上司との飲みを平気で断ったりする。

 

 勤続数十年の先輩たちにとって、このような態度はきっと理解不能だろう。実際に私の友人は、先輩社員らが新入社員のことを「宇宙人みたいだ」と話すところを耳にしたという。

 

 彼らのフィルターを通せば、新入社員の言動は常識が無いものばかりだ。忍耐力も無ければ仕事に対する意欲も低く、受け身で打たれ弱い、という評価になるのだろう。

 

 そんなゆとり世代の困ったちゃん」たちをどのように教育するか、どう指導したら良いのか。それが今、職場の先輩や上司らが直面している悩みであり課題だと言う。この状況を鑑み、今どきの新入社員の傾向や特徴を分析して、育て方や指導方法を指南するサイトは多い。そこには新入社員との接し方における注意点まで書いてあったりする。

 

 確かに、本当に常識に欠ける振る舞いをする人もいるのかもしれない。しかし私は、最近の若者に対する批判や上述のような風潮にどうも違和感があったのだ。

 

 だが、その違和感を見事に解消してくれた一文があった。ちょうど読み始めた「3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代」(城繁幸著)という本に(非常に共感できる内容だ)、私の心情にぴったりとあてはまる表現があったのだ。

 

 「就労意欲が低下しているのではなく、昭和的仕事観が希薄化しているのだ」

 

 これは現状を見事に的確に言い表していると思う。そう、時代や仕事観、人生観、価値観が変わり、昭和的価値観が薄れているだけなのだ。

 

 先輩方の昭和的価値観を通して見ると、今の新人はやる気が無く、上昇志向も無く、指示待ちで、常識に欠ける。そのように映るかもしれない。だが、実際は異なるのだと思う。現に私が見る光景は違っている。

 

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 そもそも先輩や上司は、新入社員に対して何をどのように教育したいのだろう。「残業はするのが当たり前、先輩が残っているのだから残るように」と指導するのだろうか。

 

 「一年目から休暇なんて申請するんじゃない。仕事も覚えていない半人前なのに、自己主張だけは一人前だ」と言うのだろうか。

 

 「上司の誘いを断るなんてのは非常識だ。プライベートを優先するなんてもってのほかだ」と教えるのだろうか。彼らの言う「教育」とは、つまり彼らの過去の価値観や生き方を「常識」だと押し付けることなのではないだろうか。

 

 お願いだから、先輩方の価値観で教育して、異常な状態を普通だと教え込み、あなたたちと同じような奴隷に育て上げないでほしいと思う。

 

 私はなにも上の世代がダメで、若者が素晴らしいと主張しているわけではない。ただ時代が変わり、日本人の仕事観、人生観、価値観はもう昔とは違うと言いたいのだ。

 

 先述の本にもう一つ印象的だった言葉がある。著者は、私たち若者の新しい価値観を平成的価値観と呼んでいるが、「平成的価値観の本質とは多様性であり、主体性こそそれら全てに共通するフレームだ」と書いているのだ。非常に共感した言葉だ。

 

 現在はもしかしたら、ちょうど昭和から平成への価値観の過渡期にあるのかもしれない。私たちは新しい価値観や生き方を求めているのだ。

 

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