窓辺のレモンティ

社会人となり数年。今この瞬間、自分を生きるために。

表が欲しければ、裏を受け入れる覚悟を持つ。

        f:id:seto-konatsu:20170809202235j:plain

 

 物事には必ず表と裏がある。よく、対立する概念を用いて「AとBのどちらが良いか」という二項対立の図式での議論を見かけたりする。けれど多くの場合、Aが良いか、Bが良いかは一概には言えないものだ。全面的に良い、悪いと言えるような絶対的なものはほとんどないからだ。

 

 例えばある視点から見れば、AよりもBの方が効果的と言えても、それはあくまでその視点で見た場合の話である。別の視点から考えればBよりもAの方が良い、ということは往々にしてある。どんな物でもこちらから見れば善、あちらから見れば悪というように、メリットとデメリット長所と短所があり、必ず両面があると思う。

 

 そんなことを改めて実感していたときに、

 

 「プラス(豊かさなど)を受け取るためには、その裏側に必ずセットになっているマイナスを受け入れる覚悟を持つこと。」

 

 という意味の言葉に出会い、本当にその通りだと思った。

 

 どんなものにもプラスの面とマイナスの面があるのだから、マイナスの面を引き受ける覚悟をしなければプラスを受け取ることはできない。「マイナスの面は嫌、要らない、私は良いところだけが欲しい」などと言っていても、それでは何も入ってこないのだ。

 

 嬉しいこともあれば悲しいこともあり、楽しいこともあれば辛いこともある。豊かさを受け取っている人は、その反対のネガティブな側面も全てひっくるめて受け取ることを覚悟している人なのだ。

 

 そのことが、心屋仁之助さんのブログではクジラの食事に例えられていた(以下は心屋さんの想像なので実際は異なるかもしれないが、たとえ話としては有効だと思う)。

 

 クジラの食べ物はオキアミというエビに似たもの。しかし、海を泳ぎながらオキアミだけを食べようとしたら非常に難しい。さて、クジラはどうするか。

 

 大きな口を開けて、

 

 そのあたりを泳いでいる

 オキアミだろうが小魚だろうが海藻だろうがゴミだろうが

 それらを海水ごと、どばーーーーーーっと飲んでしまう。

 

 のだそうだ。

 

 その後必要なものだけ取り入れるのだが、「全部飲む」というのがミソだという。欲しいものだけでなく、欲しくないものも一緒に飲み込むのである。

 

 とても面白い例えだった。問題はこういった学びを実生活に取り入れることができるか、ということだろう。自分が行動するかどうか、考え方を変えようとトレーニングするかどうか。

 

 私もやはり理屈では分かっているのだけれど、実際の生活で活かせているかというとなかなか難しい。本を読むなどして、その時にはわかったつもりになっていても、だんだんと薄れてしまうこともある。でも、山の行より里の行。実生活で少しずつ考え方を変えていき、ほしくないものも受け入れる、損する覚悟を持とうと思った。