窓辺のレモンティ

社会人となり数年。今この瞬間、自分を生きるために。

目に映るすべてのことはメッセージ。

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 空を眺める。雲が刻一刻とかたちを変えて流れてゆく。それを見ながら「全ては流れていくし、変わっていくのだな」と改めて思う。時に変化に絶望したり、変わることに抵抗して執着したりしてしまう。けれど固定したもの、不変なものなんて無い。生きている限り変わっていくのは当然のことなのだ。変わらないものがあるとしたら、それは死んだものだけかもしれない。

 

 雨が降ったり、曇ったり、晴れたり。暑い日もあれば、寒い日もある。風が吹く日があれば、雪が降ったり、雷鳴が轟く日もある。私たちの毎日だって、人生だって同じではないか。楽しい日もあれば、悲しみに暮れる日もある。人間の心も同じだ。心躍るような幸せな気分になるときもあれば、辛くて仕方ないこともある。その中間だってある。

 

 路地裏に咲いている綺麗な花を見つける。誰かに見られるとか、認められるとか、そんな事とは関係なくパッと開いている花を見て、人からの評価、他人の視線、世間体なんてどうでもいいんだと思わせてくれる。世間の波に飲まれ、いつの間にか本質から遠ざかる私に、いのちのほんとうの在り方を見せてくれる。

 

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 花のつぼみがふくらんで開く。「花は咲くときに頑張らない、ただゆるめるだけ」という、いつかどこかで読んだ言葉が思い浮かぶ。そうだ、頑張る必要は無いのだ。「どうすれば、どうやれば上手くいくか」なんて考えることはない。力を緩めてあるがままの姿で開けば、自然に咲くことができるのだ。

 

 春にたんぽぽが咲いているからといって、秋のコスモスがその姿を羨み、焦ったりすることはない。ある花の開花時期が、他の花にとっては種まきに適した時期であることはよくあることだろう。人間も同じではないか。他の人が綺麗に咲いているのを見ても、比べたり妬んだり焦ったりする必要は無い。自分には自分に適したリズムがある。

 

 こうして見てみると、自然の中に生きるヒントはたくさんあって、この世界の法則も詰め込まれているような気がする。彼らは言葉こそ喋らないけれど、私たちが目を向ければ、いつだってメッセージを届けてくれるのだろう。私たちが感じる心を持って、自然を見ればいつでも。すぐそばにある自然から、教わることだらけだ。